新 水曜日 ヴァーチャル世界旅行

沿ドニエストル・モルドバ共和国

第69回 沿ドニエストル・モルドバ共和国 人口 475,665人  首都 ティラスポリ

通称沿ドニエストルは、東ヨーロッパ、モルドバの東部ドニエストル川東岸のウクライナ国境に接する国家である。
国際的にはモルドバ共和国の一部(自治権を持った構成体とする場合もある)と見なされており、主権国家として承認されていないが、現在、モルドバ共和国政府の実効統治は及んでおらず、事実上の独立状態にある

ドニエストル川西岸の都市ベンデルを除けば、もともとこの地域はモルダビア公国やベッサラビアに属していなかった。 18世紀、ロシア帝国の西の国境であったこの一帯を防衛する意味もありロシア人、ウクライナ人が移住した。ただし南スラブ族は、6世紀の後半からこの地域にいた。1924年にソビエト連邦がドニエストル河東岸にウクライナ・ソヴィエト社会主義共和国の構成部分としてモルダヴィア自治共和国を創設した。1940年と第二次世界大戦後にはモルダビア・ソビエト社会主義共和国の一部となる。

1990年9月2日には、「沿ドニエストル共和国」として独立を宣言。1992年にはトランスニストリア戦争に発展。7月、和平協定が締結され、ロシア、モルドバ、沿ドニエストル合同の平和維持軍 によって停戦監視が行われている。

沿ドニエストル・モルドバ共和国といえば・・名前・・すら知りませんでした・・(´;ω;`)ウゥゥ

未承認国家(日本は国家として認めていない),モルドバからの分離のための戦い(トランスニストニア戦争(1990年~1992年)、ロシアと、ヨーロッパの文化が入り混じった美しい国だそうです

日本政府が国として認めていない゛未承認国家”は世界中に8か国あります
?
北朝鮮 (朝鮮民主主義人民共和国)
パレスチナ・パレスチナ自治政府(国家名称:パレスチナ国)
台湾(中華民国)
サハラ・アラブ民主共和国
アブハジア共和国(ジョージア・アブハジア地域)
南オセチア共和国( ジョージア・南オセチア地域)
北キプロス・トルコ共和国(キプロス北部のトルコ系実効支配地域)
マルタ騎士団

国同士の思惑や、内戦、政治的な意味合いが強く今後承認されるかはわかりませんが、アイデンティティーを考えると、独立して国として認可されるとよいですね(国によりますが)

レバノン共和国

第68回 レバノン共和国 人口 4,260,000  首都 ベイルート

通称レバノンは、西アジア・中東に位置する共和制国家。北から東にかけてシリアと、南にイスラエルと隣接し、西は地中海に面している。

フランス委任統治を経て第二次世界大戦中の1941年6月8日に、本土がドイツ軍の占領下にあり、亡命政府となった自由フランスの統治下にあったシリア、レバノンの独立宣言とともに終了した。1941年9月27日にシリアが、同年11月26日にレバノンが独立を布告した。連合国として自由フランスを支援していたイギリスは独立布告後すぐに独立を承認し、ドイツ軍の侵攻に備えて1942年初期に軍人を両国の公使に派遣し両国を支援した。
第二次世界大戦後のレバノンは金融や観光などの分野で国際市場に進出して経済を急成長させ、ベイルートは中東のパリと評されるほど中東及び地中海有数の国際的リゾート地として、数多くのホテルが立ち並ぶなど大いにぎわっていた。

レバノン・・内戦、治安が悪いというイメージしかありません

有名なのは、杉(国旗にも描かれている)、バールベック遺跡(世界遺産),レバノン料理(欧米の大都市ではベジタリアン向け料理やダイエット食として需要が高い)だそうです


オーパーツ・・発見された場所や時代とはまったくそぐわないと考えられる物品
バールベック遺跡(世界遺産)


長さ18メートル、幅と高さは4メートル程ある巨石は重さは1,000トン近くあるものも。これは、建築物に使用された切り石としては世界最大で、この石を動かすためには、およそ1万5,000人の人間が必要との計算結果が出されているとか。
世界を見てもここまで大きいサイズの巨石はなかなかないらしく、自然の岩山からある程度整った形に石を切り出すにはそれなりの作業が必要になることから、一体どのようにこれらの巨石を切り出したか謎のままです。
加えて、運搬の方法もはっきりと判明しておらず、ピラミッドの様にコロを複数敷いてその上を動かす手法も、このサイズだと難しいようです。
ちなみに現在使用されている世界最大のクレーンのは、NASAが使用するロケット運搬用のもので、その最大運搬量は700トンとされているそうです。

バールベック遺跡(世界遺産)


シリア・アラブ共和国

第67回 シリア・アラブ共和国 人口 18,430,453 人  首都 ダマスカス

通称シリアは、中東・西アジアの共和制国家。北にトルコ、東にイラク、南にヨルダン、西にレバノン、南西にイスラエルと国境を接し、北西は東地中海に面する。首都はダマスカス。「シリア」という言葉は、国境を持つ国家ではなく、周辺のレバノンやパレスチナを含めた地域(歴史的シリア、大シリア、ローマ帝国のシリア属州)を指すこともある。

シリアは共和制、大統領制をとる国家である。1963年の3月8日革命(クーデター)以降、一貫してバアス党(アラブ社会主義復興党)が政権を担っている(バアス党政権)。現行憲法の「シリア・アラブ共和国憲法(英語版)」は1973年の制定当初、国家を社会主義・人民民主主義国家とし、バアス党を「国家を指導する政党」と定めていた。だが、2011年のシリア騒乱勃発を受けて行われた2012年の憲法改正で、これらを定めた条文はいずれも削除されている。
シリア騒乱勃発後、バアス党政権の正統性を認めない反体制派の諸団体が現行政府の打倒を目指し国内外で活動している。欧米・中東の一部の国々は反体制派を「穏健な反体制派」とイスラム過激派とに区分し、「穏健な反体制派」のシリア国民連合を「シリアの正統な代表組織」として政さん、府承認している(後述)。だが、シリア政府の関係者は反体制派全体をテロリストと認識しており、反体制派を敢えて二つに区分するのを無意味な事とみている
や、
シリアといえば・・内戦、テロ、イスラム国(過激派組織)、ロシアの軍事介入、安田順平さん拉致(いろいろな意見はあるでしょうが、無事だといいですね)、といった辺りが頭に浮かびます。やはりあまりいいイメージはありません。

それ以外にも、パルミラ(オアシスに接した人が住む街と、都市の遺跡、それに郊外に点在する塔墓、さらに街全体を見下ろす丘の上に立つ「アラブ城」から成り立つ世界遺産)や、ヨーグルト、ピスタチオ辺りが有名な様です

そもそも論シリアがなぜ内戦しているのか説明できますか?

北アフリカ・中東のアラブ諸国(シリア・チュニジア・リビアなど)では長らく独裁政治が続いていた

2010年12月にチュニジアで民主化運動(ジャスミン革命)が起こる

それに影響されてアラブ諸国に民主化運動が広がる(いわゆるアラブの春と呼ばれる運動)

当然シリアにも「アラブの春」の影響を受けて民主化運動が広がる

アサド政権(シリア政府)VS反政府軍の戦いが始まる

アサド政権が優勢で、早々に戦いは終わると思われた

しかし「アサド政権を応援する国」「反政府軍を応援する国」がそれぞれ援助を始める

この内戦のどさくさに紛れて「イスラム国」が自分たちで国を立ち上げるという話も出てくる

今もまだ戦いが終わっていない状態

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最初は独裁国家を倒す為に始まったのです。

世の中から全ての戦争がなくなればいいですね。


ジブチ共和国

第66回 ジブチ共和国 人口 942,333  首都 ジブチ

ジブチは、アフリカ北東部に位置する共和制国家。首都はジブチ市。公用語はアラビア語でアラビア半島に極めて近いアラブ連盟の加盟国であるため、中東に含まれる場合もある。エリトリア、エチオピア、ソマリアと接し、紅海、アデン湾に面する。

1977年にジブチ共和国として独立し、イッサ人出身のグレドが大統領に就任した。しかし、民族対立はおさまらず、1991年にジブチ内戦が勃発。グレド大統領は脱部族政策を打ち出すとともに大統領の直接選挙制をも導入し、1993年に4選された。
その後、グレド大統領の後継ゲレが1999年に大統領に当選、2001年に内戦が終結した。
国境を巡って隣国エリトリアと対立しており、1990年には二度の軍事衝突が起きている。停戦が成立したが、国境線を巡る緊張は続いた。2008年6月10日、ジブチ・エリトリア国境紛争で再び両軍の間で戦闘が起きた。ジブチ政府はエリトリアが再び国境線に軍を増強しているとして非難し、国際社会の介入を求めた。

ジブチといえば世界最高気温(71.5度)、自衛隊の基地くらいしか思い浮かびません‥(´;ω;`)ウゥゥ

ジブチでは、ジンベイザメと泳げる体験が出来る、地球上で最も塩濃度が高い塩湖のアッサル湖、アベ湖「猿の惑星」映画の撮影場所、またフランスの植民地だった為、フランス料理をはじめとしたフランス文化があふれている様です。

ちなみに世界最高気温71.5度という温度がどれくらいかというと・・
湯たんぽの適温70~80度
蒸し野菜が一番美味しく作れる温度70度
殺菌するのに必要な温度70度以上
お茶が一番美味しいと感じる温度70度
温泉卵で白身が固まる温度70度
簡単ローストビーフ70度のお湯に30分


アゼルバイジャン共和国

第65回 アゼルバイジャン共和国 人口 9,872,765  首都 バクー


通称アゼルバイジャン は、南コーカサスに位置する共和制国家。東ヨーロッパに含められることもある。北はロシア、北西はジョージア(グルジア)、西はアルメニア、南はイランと国境を接し、東はカスピ海に面する。アルメニアをまたいで西南方に飛地のナヒチェヴァン自治共和国があり、アルメニア、イランおよびトルコと接している。首都はバクー。アルメニア人が多数居住する西部のナゴルノ・カラバフ地方は、事実上独立した状態となっている。

1804年に始まった第一次ロシア・ペルシア戦争の講和条約・ ゴレスターン条約(1813年)でアゼルバイジャンの大部分がロシア帝国領に編入された。1826年に始まった第二次ロシア・ペルシア戦争の講和条約・トルコマーンチャーイ条約(1828年)で、ガージャール朝ペルシアのアラス川北岸地域もロシア帝国に割譲された。
やがてロシアの統治下でアゼリー人の民族意識が高まった。 1918年、この地域のアゼリー人民族主義者たちは十月革命後の混乱を縫ってアゼルバイジャン民主共和国を打ち立てることに成功したが、イギリス軍によって占領され、これに反応した赤軍がバクーに侵攻、ソビエト政権が成立した。1922年末、ザカフカース社会主義連邦ソビエト共和国の一部となり、同連邦の解体にともない1936年よりアゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国として直接にソビエト連邦を構成する共和国の一つになった。

1989年10月5日、共和国主権宣言。1991年2月5日、「アゼルバイジャン共和国」に国名変更。1991年8月30日、共和国独立宣言。

1991年12月21日、独立国家共同体 (CIS) に参加。同年12月25日付でソ連邦は解体・消滅。これによりアゼルバイジャンは晴れて独立国家となった。

アゼルバイジャン共和国・・・全く何も出てきません・・(´;ω;`)ウゥゥ

世界遺産(世界文化遺産)「城壁都市バクー、シルヴァンシャー宮殿、及び乙女の塔」(危機遺産)および、2007年に登録された「ゴブスタンの岩絵の文化的景観」、F-1アゼルバイジャングランプリ、アゼルバイジャンワイン、が有名な様です。


全く関係ない話なんですが、店の裏に謎の植物が生えてきて、面白いからそのまま放置しておいたら、ニョキニョキと伸びてきて、花が咲き、巨大化しました!!  ( ゚Д゚) {ワイ・ハー!!)

この植物の名前を知っている人がいましたら教えてください

謎の植物

ウルグアイ東方共和国

第64回 ウルグアイ東方共和国  人口 3,361,000人  首都 モンテビデオ

(通称ウルグアイは、南アメリカ南東部に位置する共和制国家である。首都はモンテビデオ。北と東にブラジルと、西にアルゼンチンと国境を接しており、南は大西洋に面している。スリナムに続いて南アメリカ大陸で二番目に面積が小さい国であり、コーノ・スールの一部を占める。
面積や総人口は南米の国家としては小規模だが、チリに続いてラテンアメリカで二番目に生活水準が安定しているとされ、政治や労働は南米で最高度の自由を保っている。漢字表記は宇柳貝または宇柳具となる。

国名は西部を流れるウルグアイ川に由来し、その原義はグアラニー語で「uru(ウルという鳥の)gua(飛ぶ)y(川)」とされる。正式国名の「東方」は同川東岸地域をかつてバンダ・オリエンタル(東方州)と呼んだことに由来する。

ウルグアイといえば、サッカー、世界一牛肉を食べる国、アメジスト、ワイン、ポルトガル植民地の歴史、キャプテン翼のビクトリーノ君くらいしか浮かびません

ワールドカップ2018で台風の目になりそうなウルグアイですが、コロニア・デル・サクラメントの歴史的街並み、ポシートス ビーチ、マトリス教会 (サクラメント聖堂)、ウルグアイ空軍機571便遭難事故などが有名な様です


プエンテ・ラグーナ・ガルソン(海にかかる円形の橋)

ポーランド共和国

第63回 ポーランド共和国 人口 38,485,779人 首都 ワルシャワ

通称ポーランドは、中央ヨーロッパに位置する共和制国家。欧州連合 (EU)、北大西洋条約機構 (NATO) の加盟国。通貨はズウォティ。北はバルト海に面し、北東はロシアの飛地カリーニングラード州とリトアニア、東はベラルーシとウクライナ、南はチェコとスロバキア、西はドイツと国境を接する。
10世紀に国家として認知され、16世紀から17世紀にかけヨーロッパで広大な国の1つであったポーランド・リトアニア共和国を形成。18世紀、4度にわたり国土が隣国によって分割され消滅。
第一次世界大戦後、1918年に独立を回復したが、第二次世界大戦時、ナチス・ドイツとソビエト連邦からの事前交渉を拒否し両国に侵略され、再び国土が分割された。戦後1952年、ポーランド人民共和国として国家主権を復活、1989年、民主化により共和国となった。冷戦時代は、ソ連の影響下に傀儡政権の社会主義国とし最大で最も重要なソ連の衛星国の一国となり、政治的にも東側諸国の一員となった。国内及び東側諸国の民主化とソ連の崩壊と東欧革命を経て、「中欧」または「中東欧」として再び分類されるようになっている。

ポーランドといえば、ワルシャワ条約機構、アウシュヴィッツ強制収容所、キュリー夫人、ショパン、法皇ヨハネ・パウロ2世といった所でしょうか?

ポーランド料理に、シレチ・ポ・ヤポンスク(タイセイヨウニシンの酢漬けをゆで卵入りのマヨネーズで和えた、マリネの一種)という面白い料理があります。

「日本人はニシンの卵(数の子)が好きだ」という事を、「日本人はニシンと卵が好きだ」と誤ってポーランドに伝わったため、実際の日本ではあまり馴染みのないニシンと鶏卵を合わせた料理を「日本風ニシン」と呼ばれる料理になったと言われているそうです。

シレチ・ポ・ヤポンスク


スリランカ民主社会主義共和国

第62回 スリランカ民主社会主義共和国 人口 20,277,597人 
首都 スリジャヤワルダナプラコッテ


通称スリランカは、南アジアのインド亜大陸の南東にポーク海峡を隔てて位置する共和制国家。1948年2月4日、イギリスから自治領(英連邦王国)のセイロンとして独立。1972年にはスリランカ共和国に改称し、英連邦内の共和国となり、1978年から現在の国名となった。人口は約2120万(2016年)である。島国で、現在もこの国が占める主たる島をセイロン島と呼ぶ。国名をスリランカに改称したシリマヴォ・バンダラナイケは世界初の女性首相である。また、国民の7割が仏教徒(上座部仏教)である。

漢語表記では、セイロン島を錫蘭とも書き、略語は「錫」である。仏典では、人口の多数を占めるシンハラ人にちなんで、島名をシンハ・ドヴィーパ(ライオンの島。獅子の島)といったことから、「師子国」とも記されている。『ラーマーヤナ』に登場するラークシャサ(羅刹)の王のラーヴァナが住まいするランカー島は、現在のスリランカを意味するという説が有力とされてきたが、定説ではない。
シンハラ語で、スリ は「聖なる」という意味の接頭辞であり「光り輝く」「高貴な」といった意味合いを含む。ランカ は古くからこの島を示す固有名詞であり、正確な語源は判明していない。一説には「美しいこと」を意味する単語アランカーワと同根とも言われる。

スリランカといえば紅茶、カレー、仏教、ウィッキーさん、ティーパックマン(キン肉マン)、くらいしか思い浮かびません

ちなみに
「世界三大紅茶」
ダージリン「インド」、ウパ「スリランカ」、キーマン「中国」

「世界三大紅茶メーカー」
「リプトン」「ブルックボンド」「トワイニング」

世界遺産が8つあり、6つが文化遺産で、2つが自然遺産。一番人気は文化遺産「シギリヤ」です。
平原にニョキっと突き出た巨岩で、かつて頂上に宮殿があったそうです


ダンブッラの黄金寺院




ブータン王国

第61回 ブータン王国 人口  697,000人 首都 ティンプー

通称ブータンは、南アジアの国家。北は中国、東西南はインドと国境を接する。国教は仏教(ドゥク・カギュ派)。民族はチベット系8割、ネパール系2割。公用語はゾンカ語。首都はティンプー。
国旗はその模様が複雑で、竜のうろこが細かく描かれている。国花はメコノプシス=ホリドゥラ、国樹はイトスギ、国獣はターキン、国鳥はワタリガラス、国蝶はブータンシボリアゲハ。
長年鎖国政策をとっていたが、1971年に国際連合加盟。翌年に国民総幸福量という功利主義を採用した。

この国名の起源については様々な説がある。例えば、サンスクリット語で「高地」を意味する「ブーウッタン」説があるが、インドの側からの呼称で、インドからみればブータンは標高の高いところに位置していることによる。ブータンの人々は自国を「ドゥック・ユル」と呼ぶ。これは13世紀以降、仏教のカギュ派に属するドゥック派を国教としてきたので、自分たちをドゥクパ(カギュ派の中のドゥク派)、自国を「ドゥクパの国」(雷龍の国)と呼んでいる


ブータンといえば幸福の王国、ヒマラヤ山脈、ジグミ・ケサル・ナムギャル・ワンチュク国王陛下、チベット仏教、世界一辛い料理(世界一料理に唐辛子を使う)

親日国家
1989年
昭和天皇崩御に際して挙行された大喪の礼に、
当時の第4代国王ジグメ・シンゲ・ワンチュク国王が来日されました。こういった場合、この機会を利用して日本からの経済的支援や協力を仰ぐ、いわゆる「弔問外交」を行うことが通例で、これ自体は決して失礼にあたる行為でも何でもなく、ごく一般的に外交上行われていることです。
しかし、国王陛下はこの際に
「我々は天皇陛下に対する弔意を示すため来日したのであり、お金の無心のために来たのではないのです」
という言葉を残し、大喪の礼のみ参列し帰国されました。
さらに、ご帰国後は自身が1ヶ月も喪に服されています。

2011年
第5代国王ジグメ・ケサル・ワンチュク陛下とペマ王妃が結婚後初の外遊として来日されたのは記憶にあたらしいところです。国会での演説や、福島県相馬市では東日本大震災の犠牲者に対しての祈りを捧げられるシーンは非常に印象深いものとなりました。
国会での演説は、ブータンと日本の深い友情と、ブータンそしてアジア、世界にとっての日本のあるべき姿を、私達日本人が忘れかけている何かを思い起こさせてくれる、珠玉のスピーチでした。
2011年3月11日の大震災発生翌日には国王陛下主催の追悼式が執り行われ、日本へ祈りを捧げてくださっています。また、今年の3月11日には現地在住日本人や要人を招いての1周年祈祷がティンプーで執り行われています

タイガーズネスト

パキスタン

パキスタン・イスラム共和国 人口 180,710,000人(世界6位)  首都 イスラマバード

通称パキスタンは、南アジアの国家で、イギリス連邦加盟国である。首都はイスラマバード。最大の都市はカラチ。面積は80万km2で日本 (38万km2) の約2倍程。東はインド、北東は中華人民共和国、北西はアフガニスタン、西はイランと国境を接し、南はインド洋に面する。国土の中心部を流れるインダス川の流域に国民の80%以上が住み、人口の増加が著しい国の一つである。

国名「パキスタン」は、ペルシア語起源の言葉で「清浄な国」を意味するパーキスターン「パーク」がペルシア語で「清浄な」を意味に由来するとともに、パキスタンを構成する五大地域であるパンジャーブのP、カイバル・パクトゥンクワ州(旧・北西辺境州)に住むアフガーン人のA、カシミールのK、シンドのS、バローチスターンのTANを表すともされる。パキスタンの名は、英領インドの独立運動の中でムハンマド・アリー・ジンナーらが提唱したムスリム(イスラム教徒)多数地域の分離独立要求において、将来樹立されるべき国家の名として採用され、1947年の独立とともに正式な国名となった。

パキスタンといえばアルカイーダのウサーマ・ビン・ラーディン殺害場所、インダス文明、ムシャラフ大統領、核保有国、クーデターといった辺りでしょうか?物騒なイメージですね

パキスタンにフンザという町があり、そこが風の谷のナウシカのモデルになっているそうです

フンザ
大阪やき三太ロマネスク八戸
八戸市石堂1-27-14 西田中店舗3号
TEL 0178-20-0141
FAX 0178-20-0328
営業時間 11:00~20:00
定休日 月曜日
※祝日は翌日、連休は明けの翌日が定休日
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